ツマグロヒョウモンは、
なぜ北をめざしたのか
オレンジに黒い斑、後翅のふちに青みを帯びた一頭の蝶。ツマグロヒョウモンです。庭先のパンジーやスミレで幼虫が育つ、いまや都会でもおなじみの蝶。けれど、ほんの30年ほど前まで、この蝶を関東で見ることはほとんどありませんでした。
かつてツマグロヒョウモンは「近畿以西の蝶」でした。1980年代の図鑑は、分布を西日本中心に描いています。それが1990年代から東へ・北へとじわじわ広がり、2000年代には関東で当たり前になり、いまでは東北各地、さらに北海道南部でも記録されています。一世代のあいだに、分布の北のふちが数百キロ動いたのです。
なぜ北へ向かえたのか
主な理由は、冬の暖かさと考えられています。ツマグロヒョウモンは春から秋まで世代を繰り返し、多くは幼虫の姿で冬を越します。その幼虫や蛹は強い寒さに弱く、かつては北の冬を越せませんでした。ところが冬の最低気温が少しずつ上がり、越冬できる北限が押し上げられた。そこへ、1990年代のガーデニングブームで園芸用のパンジー・ビオラ(幼虫の食草スミレの仲間)が全国の花壇に広がったことが拍車をかけます。真冬でも街なかに食草が用意されるようになり、蝶は人間の暮らしに寄り添うように北上していきました。
その歩みは、記録の上にはっきり残っています。かつて「近畿以西の蝶」とされた本種は、宮城県では2007年以降ほぼ毎年確認され、定着が報じられました。いまでは東北各地、さらに北海道南部にも達しています。一世代のあいだに、分布の北のふちが数百キロ動いたのです。
分布の北上は、ある日突然起きるのではありません。毎年少しずつ、前線がにじむように動く。だから渦中にいると、変化はほとんど見えないのです。
変化は「過去の記録」にしか映らない
ここに、標本と記録の出番があります。「いま、どこにいるか」は観察すればわかります。しかし「昔、どこまでしかいなかったか」は、そのとき採られた標本のラベルにしか残っていません。1985年に大阪で採られた一頭、2003年に静岡で採られた一頭、2018年に宮城で採られた一頭——これらを地図の上に年代順で並べてはじめて、オレンジの点が南から北へ行進していく姿が浮かび上がります。
一人の標本箱だけでは、この行進は見えません。何十人、何百人の記録が重なって、ようやく一枚の「動く分布図」になる。逆に言えば、あなたの古い一頭が、誰かの空白を埋める決定的な一点になるかもしれないということです。北の県でツマグロヒョウモンを早い時期に採っていたなら、それはその県の「初記録」級のデータかもしれません。
北上しているのはこの蝶だけではない
ナガサキアゲハ、クロコノマチョウ、ムラサキツバメ、イシガケチョウ——南方系の蝶が次々と北へ広がっています。トンボでも、ベニトンボやハネビロトンボのような南の種が分布を北へ伸ばしています。一種ずつでは偶然に見えても、地図の上に重ねると、同じ方向への大きな流れが見えてきます。それは、気候変動という巨大でつかみどころのない現象が、足もとの虫たちに残した、いちばん具体的な足跡です。
ツマグロヒョウモンでも、北上中のほかの種でも。一件公表すると、みんなの分布図に年代色の点として加わります。希少種の精密な産地は自動でぼかされるので安心して載せられます。
分布図を見る・記録を公表する出典・参考:国立環境研究所 地球環境研究センター「チョウの分布域北上現象と温暖化の関係」、河北新報「南方系チョウ『ツマグロヒョウモン』北上 温暖化・都市化で宮城定着」(2021)、ウェザーニュース、Wikipedia「ツマグロヒョウモン」。北上の要因は食草・都市化・観察者増などの複合とされ、年代・地名には概説のための例示を含みます。正確な分布の検証にこそ、皆さんの記録が必要です。